今、何かと話題の無痛分娩。「お産は痛いのが当たり前」そんな時代は過ぎつつあります。
確かに、誰だって痛いのは辛いし怖いですから、お産だって痛くないに越したことはありません。
現在様々な研究がされ、無痛分娩の安全性やメリットが提唱されるようになりましたが、でもニュースで耳にするリスクも心配になり、自然分娩にするか無痛分娩にするかで迷うママも多いものです。
自分と赤ちゃんにとって良い選択ができるよう、まずは無痛分娩についての正しい知識を身につけましょう。
無痛分娩の歴史をみてみよう
ビクトリア女王や与謝野晶子も?!実は古い無痛分娩の歴史
無痛分娩の歴史は古く、1850年にイギリスのビクトリア女王が全身麻酔下で出産したのを皮切りに、我が国でも詩人・与謝野晶子が1916年に順天堂病院にて「無痛安産法」にて出産しています。
当時の麻酔は現在と違い、麻酔薬の副作用により母子ともに危険の伴うものでした。
現在の無痛分娩
それから100年以上の月日が流れ、医学が進化した現在では、無痛分娩も安全性が確立され1つのお産のスタイルとして注目されつつあります。
釈由美子さんや小倉優子さん、東尾理子さんなどのママタレントのブログでの出産体験も、多くの出産を控えるママたちに無痛分娩という選択肢を与えるきっかけとなっていることでしょう。
まだまだ少ない?!日本での無痛分娩
しかしながら、日本での無痛分娩は全分娩件数のうち6%未満(2017年日本産婦人科医会調べ)とかなり少ないのが現状です。
フランスでの80%、アメリカでの60%の普及率と比べるとその少なさは明らかです。
これは「お産はお腹を痛めてこそ」という日本の古くからの考えや、圧倒的な麻酔科医不足という日本の医療現状が背景にあると言われています。
お産の痛みはどこから来るの?
人間のお産は大変!
人間のお産は他の動物に比べて、実はとても大変です。
2本足で歩くようになった人間の骨盤の骨は上半身と内臓を支えられるように内側に入り込み、赤ちゃんの通り道である産道を狭くしています。
これに加え、内臓を支えるために硬く発達した筋肉が、余計に赤ちゃんが出て来るのを妨げます。
更に人間は、他の動物に比べて脳が発達し大きいため、よりお産が大変なのです。
鼻からスイカ?背中にタイキック?お産の痛みの正体は…
お産の痛みは大きく2つに分けられます。
赤ちゃんを子宮から押し出すための子宮収縮による痛み(陣痛)と、赤ちゃんが産道を通過する時に会陰や粘膜が引き延ばされることによって起きる痛み(表在痛)です。
個人差はありますがこれらの痛みはお産の進行とともに範囲や程度が強くなり、手指を切られた時の痛みやがん性疼痛などと同じレベルの痛みであると言われています。
痛みは背骨の中の脊髄を通って脳に到達し、痛みとして認識します。
理論的には、この経路を麻酔によって遮断することで痛みを感じなくするのが無痛分娩です。
無痛分娩について知ろう!
実は色々!無痛分娩の麻酔の方法をみてみよう
多くの施設では、硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔が一般的に使用されています。
子宮からの痛みを伝える神経と、膣や外陰部の粘膜や皮膚からの痛みを伝える神経は別々で、これらは背骨の中にある脊髄に集まっています。
場所としてはそれぞれ別々のところに集まっているため、麻酔をかけたい場所の神経が集まっている脊髄の近くに注射をします。
これにより、ママの痛みだけを取り除いて赤ちゃんに薬の影響がないようにすることができるのです。
硬膜外麻酔
脊髄のそばの「硬膜外」という場所に麻酔薬を注入します。
無痛分娩だけでなく、帝王切開術やその他一般的な外科手術でも使用される麻酔方法です。
薬の作用は数時間と短いため、細いカテーテル(管)を留置して持続的に麻酔薬が注入し効果を持続させます。
従来は高濃度の麻酔薬を使用することによって、ようやくお産の痛みを緩和していました。
しかしこれにより赤ちゃんが生まれたあと、麻酔の影響で眠りがちになったり、母体の足に力が入らず、動けなくなったり、また力むことも難しくなることで、鉗子分娩や吸引分娩などの機械分娩の増加、会陰裂傷や産後出血の増加、尿失禁などの産後トラブルに繋がっていました。
脊髄くも膜下麻酔
脊髄くも膜下麻酔は、脊柱の中の神経の周りの空間に直接麻酔薬を投与します。
このため、硬膜外麻酔よりも速く効き目が現れます。
ただし、神経のすぐそばの空間に麻酔薬を注入するため、神経を傷つけるリスクが高く、硬膜外麻酔のようにカテーテルを留置することができません。
このため、脊椎麻酔と硬膜外カテーテルによる麻酔を併用して行うのが一般的です。
硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔を併用することにより、より少ない麻酔薬でより速く痛みを取り除くことができ、赤ちゃんにもママにも副作用や合併症を最小限にできるようになりました。
静脈麻酔と吸入麻酔
全身麻酔の場合は、点滴から麻酔薬を入れる静脈注射や吸入麻酔を使用します。
これらは母体や赤ちゃんの状況により早急に分娩をさせなくてはいけない場合、すなわち緊急帝王切開の場合に使用されます。
硬膜外麻酔や脊髄くも膜下麻酔よりも、迅速に麻酔の効果を発揮することができますが、胎盤を通して赤ちゃんに麻酔薬が移行してしまうため、生まれた赤ちゃんが薬のせいで眠った状態が続いたり、呼吸状態に影響を及ぼしたりすることがあるため、産科医と麻酔科医の慎重な管理が必要です。
無痛分娩が適しているのはこんな人!
現在、無痛分娩の対応ができる施設であれば、希望すれば基本的には誰でも無痛分娩ができます。
特に心臓に持病を抱えた心疾患合併妊娠、もしくは高血圧合併妊娠・妊娠高血圧症などの人は、分娩時の陣痛のストレスが母体および胎児の命に関わる影響を及ぼす可能性があるため、医学的に無痛分娩の適応になることがあります。
また、イギリスのディック・リードという博士は、疼痛・緊張・不安が相互作用すると言っています。
痛みにより体が緊張すると不安が増し、不安が増すとより痛みを強く感じるのです。
このことからお産や痛みに対し強い不安のある人も無痛分娩が適していると言えるでしょう。
無痛分娩の流れをみてみよう!
通常、陣痛が始まりお産が確実に進むと判断できるタイミング、すなわち子宮口が3〜5センチ程度開く頃に始めることが多いですが、開始のタイミングは分娩施設や担当医師によって少しずつ異なります。
分娩誘発剤を用いた計画分娩の場合あらかじめ背中に麻酔の管を入れておくこともありますが、麻酔の管を入れるのは数分〜10分程度でできるため、多くの施設ではお産が始まってから背中にカテーテルの管を入れます。
麻酔薬を入れると30分程度で効果が現れ、陣痛がきても痛みはなく、腰から下の感覚がなくなります。
麻酔の管から医療用のポンプを使って定期的に麻酔薬が投与され、お産の途中で効果が切れることはありません。
麻酔薬が効いている間は排尿に関する神経も麻痺してしまうため尿意がなくなり、また自分で排尿もできなくなるため、定期的にベッド上で尿道に管を入れて排尿します。(膀胱に尿が溜まっていると陣痛が弱くなってしまいます。)
また、施設によっては麻酔薬を投与開始した後に飲食を制限する場合があります。
これは麻酔の副作用で胃腸の動きが弱くなり嘔吐や誤嚥のリスクがあるためです。
全く制限を行わない施設もありますので、事前に確認すると良いでしょう。
無痛分娩のメリットとデメリットってなに?
痛みや疲労からの解放?!無痛分娩のメリット!
多くの女性が出産の痛みに対する不安を多かれ少なかれ抱いています。
出産時の痛みがないということは、その分体力の消耗が抑えられ、出産中だけでなく出産後の回復が早いというメリットがあります。
核家族化や女性の社会進出が進み、産後のサポートや休息が十分に確保できない家庭が増えている現代社会において、出産によるダメージを最小限にすることは、無痛分娩の最大のメリットと言えます。
痛みや不安から全身に力が入り、子宮口が充分に開ききっていないうちからいきむことで、子宮口がむくみ分娩が進まなくなることも、痛みが緩和されればなくなります。
また、先にも述べた通り、高血圧症や心臓の持病などの合併症を持つ場合は母児に与えるストレスを最小限に抑えることができます。
リスクや合併症はつきもの…無痛分娩のデメリット!
人為的に行う医療処置ですので、どんなに注意深く行ってもリスクはゼロになりません。
そもそも自然分娩でも無痛分娩でも100%安全なお産はありませんが、以下に挙げる麻酔薬の副作用と合併症を起こし得ることが、デメリットと言えるでしょう。
お産中は歩けない?!無痛分娩の副作用
無痛分娩で麻酔薬を使うと下半身の感覚が麻痺するので、分娩中は歩くことができません。
また、背中には血管の緊張を調整して血圧をコントロールする神経が含まれているため、麻酔をかけることで低血圧を起こし、母体の気分不快、赤ちゃんの低酸素状態を起こすことがあります。
このほか尿が出にくくなったり、麻酔薬の影響で皮膚のかゆみが生じたり、発熱したりするなどの副作用が出ることがあります。
頭痛や吐き気が起こる?!無痛分娩の合併症
硬膜外に針を刺すときに硬膜に傷がつき脊髄液が漏れ出すことにより、産後2日目までに起き上がったときに頭痛が生じることがあります。
多くは安静や鎮痛剤の服用で改善しますが、稀に自分の血液を硬膜外に注入して脊髄液が漏れ出ている穴を塞ぐ「硬膜外血液パッチ」という処置が必要になります。
また、硬膜外に入れるはずの薬が脊髄くも膜下腔に入ってしまった場合や誤って血管内に入ってしまった場合には、急激な血圧の低下や意識の低下、不整脈、呼吸停止などの症状が出現することがあります。
これらの合併症は起きないように充分な注意がなされて実施されますが、発生した場合には速やかに治療薬の投与や人工呼吸といった適切な対処が必要となります。
このほか、麻酔薬を入れるために刺した針が神経に触れ、お尻や足などに痺れが残る場合があります。
これらは一次的なもので、特別な処置を必要とせず軽快することが多いです。
無痛分娩あれこれ、よくある質問に答えます!
無痛分娩をしてはいけない人っているの?
背中に針を刺して麻酔の薬を入れるため、血が止まりにくい人、背骨に変形がある人や背中の神経に病気がある人、注射する部位に膿が溜まっている人や感染症がある人は適応外となります。
また麻酔の使用により血圧が低下する可能性があるため、すでに大量出血をしている人や著しい脱水状況にある人は無痛分娩を行うことができません。
また、麻酔薬にアレルギーがある人も行えません。
麻酔は赤ちゃんに影響はないの?
使用した麻酔薬の量が多いと、赤ちゃんが生まれてからの数日間、運動や刺激に対する反応が少なかったり呼吸状態が悪くなったりする場合がありますが、現在主流となっている無痛分娩の方法では、ほとんど影響がないことが報告されています。
無痛分娩は全く痛くないの?
無痛分娩で出産した人の感想で意外と多いのが「思ったより痛かった」「無痛でこれだけ痛いなら、自然分娩なんて絶対無理」という声です。
これは施設によって麻酔の方法や麻酔薬を入れるタイミングが異なること、個人の痛みの感じ方にも差があるためです。
施設によっては「無痛分娩」ではなく「和痛分娩」と表記する施設もあります。
痛みに対する感じ方はかなり個人差がありますが、麻酔を使っても痛みはゼロにならない、と思っておくと良さそうです。
お腹を痛めないと母性は生まれない??
そんなことは全くありません。
日本では古くから「お腹を痛めてこそ母親になれる」という考えが根付いていますが、こういった自然分娩神話により多くのママたちが傷ついているのも現実です。
確かに、自然分娩は女性が自分の体の神秘を感じることのできる素晴らしい機会です。
それでも、帝王切開で出産したママも里子を育てるママも、自然分娩のママと変わることのない愛情をもって子どもを育てていることは、言うまでもありません。
むしろ、産後に体力的な余裕があることで産後すぐに母乳育児が開始でき、早期の母子関係の確立ができるというポジティブな研究結果もあります。
ママの愛情は、分娩スタイルで測れるものではありません。
無痛分娩をしても母乳育児はできるの?
できます。
静脈注射に比べて硬膜外麻酔での低容量投与では、母乳への麻酔薬の移行はほとんどありません。
また、出産直後に赤ちゃんが飲む母乳量はわずかで、無痛分娩の麻酔薬による赤ちゃんへの影響はないと言われています。
母乳育児で大切なことは、産後24時間から48時間以内に授乳を開始することです。
この時期に出る初乳は栄養だけでなく免疫力も豊富で、お母さんから赤ちゃんにあげられる素晴らしい贈り物です。
ぜひ戸惑うことなく、飲ませてあげてください。
無痛分娩の費用ってどのくらい?
無痛分娩は自然分娩と同様、病気ではないため費用は保険のきかない自己負担です。
通常の分娩費用に自己負担金が加算されて請求されます。
自己負担金は2万円〜数十万円と医療機関で大きく異なります。これは入院期間や処置内容によって異なるためです。
また、任意で加入している医療保険や生命保険の「手術給付金」も、基本は給付されないケースが多いようです。
無痛分娩によって吸引分娩や帝王切開などが必要となった場合や、産後に処方された鎮痛剤や抗生物質などは保険医療の対象となり、医療費控除の対象となります。
無痛分娩の費用については、分娩施設に直接確認すると良いでしょう。
どうやって病院を選べばいい?
日本には約2800の分娩施設があると言われていますが、そのうち無痛分娩をできるのはおよそ250施設程度と言われています。
無痛分娩を行うには、それに対応できる設備と麻酔科医が必要です。
もし無痛分娩を希望されている場合や検討されている場合は、早い段階で担当医にご相談ください。
かかりつけの病院で紹介をしてもらえる場合と、自分で探さなくてはいけない場合があります。
自分で探す場合は厚生労働省のHPから無痛分娩を行なっている施設のリストを見ることができます。
また、ただ「無痛分娩ができるから」という理由だけで選んでしまうと、家からの距離が遠すぎたり、母乳育児に対するケアが受けられなかったりすることがあります。
あなたがお産をする上で何を大切にしたいのか、優先順位を決めて選ぶことをオススメします。
リスクやメリットを理解して自分らしいお産の方法を選ぼう!
家で産まれ、家で亡くなっていった昔と違い、現在では自分が子どもを産むまでにお産の現場を目にすることはほとんどありません。
だからこそ年々、お産のイメージはただただ「痛くて辛くて怖いもの」になりつつあるのです。
しかしながら本来は、新しい命が生まれる素晴らしい瞬間です。
新しい家族をあなたはどんな形で迎えたいですか?
大切なことは「誰かに勧められたから」「痛いのが嫌だから」だけではなく、きちんとメリットやデメリット、リスクを把握した上で選択することです。
お産に対する考え方は人それぞれです。
ご夫婦、ご家族でしっかりと話し合って、きちんと納得した上であなたらしいお産のスタイルを選べるといいですね。